殺伐と、ただ殺伐とした雰囲気であった。その中で、歌っていた。声こそなかったものの、確かに彼は歌っていたのだった。なぜ、なぜだと息を吐き空気を震わす。こみ上げるものが嘔吐感なのか嗚咽なのかはこの際どうでもよかった。なんだ、なんだお前はどうせ。いくら人らしく笑っていたところで本当の、本当のお前はもっと違うところにずっと埋まっていたのかと、咽返る程の血の匂いの中でそう言った、確かに言ったのだが、その声は、無視されたのかはまたま届かなかったのか、どちらとて同じだ、どちらとて、
そのとき、途端に彼が自分を振り返った。その、その眼の色は、映るものは、目を合わせるその真意は。
「帰ろうか、」
声を発したのは自分だったか彼だったのか、分からない。分からなかった。彼の声のようでもあったが、自分の意志でもあった。自分の意思で彼が喋ったというのが一番しっくりくるのだが、そんなはずはない。
「ね、帰ろう、ハチ、」
学園に。次いで言ったこれは確かに久々知兵助その人のものであった。あぁ、眩暈がすると目を伏せる、眼裏が赤い。手を伸ばした。とってくれ、この手を取ってくれ。ひとりで帰ったのならば、相手はどこか知らないところに行ってしまいそうだと思った。なぁ、兵助。懇願する声が相手にどう聞こえたのかは分からない。あぁ、でも、でも。
「うん、うん、」
頷いたその指が、この手に触れるのを待っていた。こいつの狂気を初めて見た。ほう、と心のどこかでは思っていた。
じきに触れたその指の、その場所から、じわじわと溶けていくのではないかと心配した。
「ハチ、俺、血が怖いんだ。」
怖い怖いと歌っていたのかもしれないと思った。うん、大丈夫、大丈夫と馬鹿みたいに繰り返した。
指先は、いっそ溶けてしまえと思った。溶けて、いつぞや固まるときには一つになってしまえ。
そうすれば、離れることはないだろうに。
そうすれば、どこからだって無理にでも引き戻せる。留めさせられる。のに。
「兵助、目を閉じてもいいんだぜ。」
連れていくから。手は離さないから。
言うと兵助は、それでも目は背けられないだろう、と小さく笑うふりをした。
「そうだよなァ、」
「でも、連れて行ってくれるんだろう。」
そう言った兵助は、次はちゃんと笑っている風だったから、逆に俺が強く目を閉じた。眼裏が赤い。恋しい。この人物が、愛おしい。
勿論だ、とそう言ったのは口と手であった。自分が一番上手く笑えていないと、口の中が苦かった。
赤い眼裏にはいまだ、狂気に染まりそうな、笑えていない兵助のその表情が拭いきれなかった。
落としはしない、離しはしないと、胸中で三度言った。



行く末どこまで、