視界の端にはぬらりと光る一線がある。刀だ。俺の首の横に突き刺さっている。
視界を一番占めるのは俺にまたがり刀の柄を握る人物、顔、それ越しに見る天井の雨漏りでできた染みを、変な形だとぼんやり思う。
首。刀は今にも自分に触れんとしている。当たってもないのに、硬くて冷たい感触がありありと感じられた。
この状態でどれほどの時を過ごしたか。ほんの一瞬だった気もするし、数刻ほどのようにも思えた。どうでもいい。思う。どうでもいい。なんでもいい。
今ならいつ死んだとしてもおかしくはない。死ぬかもな。死に対する恐怖がどうしたってわかない。それは、どうにでもなれと、なるようになると思っているからでもあるし、多分、多分だけれど、こいつは俺を殺せないだろうと思ったからでもあるし、ただ単に眠いからかも知れない。
「・・・何、情けない顔してんだよ、三郎。」
「るさい。」
三郎は情けなく顔を歪めている。三郎の表情には、クセがある。他の誰よりも少し独特で、普段はそれを上手に隠して雷蔵に極力似せようとする。そのくせ実は雷蔵よりも見分けてほしいと思っているようだ、というのは勿論、脱線した話ではあるのだけれど。
「そーいやお前さ、この前図書室で拗ねてたろ。」
「・・・五日前?」
三郎が顔の角度を変えるものだから、表情はよく見えなくなった。そう、そんくらいだよ。自分でも思ったより訥々と言葉が出てくるのに、違和感を覚える。三郎の手は未だ刀の柄をつかんだままだ。
こいつ、いつでも俺を殺せるのに。そう思う。そのくせ三郎の表情は、人一人の生殺与奪を握ったそれではまるでなかった。含まれる狂気がまるで違う、それでも、心臓を鷲掴みにするような狂気はあるのだが。たぶん俺にも。
眠いな。と思う。仰向けで倒れているということは、イコールいつでも眠れる状態じゃあないか。
「後輩がさ、今日の不破先輩なんだか機嫌が悪そうだったって言ってて。」
三郎は、何も言わない。
「それ三郎だろ、って言ったらさ、でも図書室で図書当番してたって。」
「・・・・あれは、」
三郎はゆっくりと口を開いた。
「あれは、私は暇だから、雷蔵のとこ行ったのに、新しい書が事務室に届いたから、運ばなくちゃいけないって、で、丁度いい所にって言って私にまかせて行っちゃうんだから、」
へぇ。うん。そんなことじゃないかと思った。うん。相槌を打つ。打つけど、眠い。あくびを殺す。
この前昼寝をしていたら、最近よく寝るね、って兵助が笑っていた。今頃雷蔵と兵助は何をしてるのか。雷蔵の部屋でのんびりと雑談でもしてるかも知れない。
「なぁ、ハチ。」
俺を呼んだ三郎の頬に流れもしない涙が、白く光る刀に映った気がした。
「殺せると思った、」
「殺せると思ったんだよ、ハチ、」
どうして殺そうと思ったのか、殺せると思ったのか、殺せなかったのか、分からない理由はいくつかあったが、そのどれもが、眠気に負けて三郎の声を意識の隅で聞きながら、意識を手放した俺には、おおよそ分からず終いであった。



道の上、