「うわ、お前、どうした?それ。」
次屋三之助を見た富松作兵衛は開口一番そう言った。
鬼ヶ里高校の女子寮、男子寮それぞれから学校へ向かう道の交差するところである。
鬼頭・三翼のみは職員宿舎と同じ建物(しかし入口から違い、中でも共有するスペースはない)内に、それぞれの住居が与えられており、自らの花嫁もそこに住まわすのだが、それ以外の生徒は学生寮に入るのが一般的である。
「や、うん、まぁ、ちょっと。」
作兵衛の言った、それ、とは、三之助の頬のことで、一目で傷と分かる赤い線が細く一本入っていた。
絆創膏は?と作兵衛が訊くと、三之助は特に気にもしていない様子で、部屋になかった、と言った。本人の様子から気にならないのかもしれないが、見ていて痛い。
「・・・作だったら、気に入らない相手がいたらどーする?」
ふと思いついた様子で三之助が言った。
「まぁ、なるべく関わんねぇよ。そうもいかなくなったら、まずは話し合いから試みるんじゃねぇの?」
「そうだよなぁ・・・。」
嫌な予感がした。
「・・・・・何、お前、喧嘩でもしたのか?」
「ニアピン!」
ノリよく指を立てた三之助だが、それを聞いた途端作兵衛が思い切り顔を顰めたので、バツが悪くなり、あー、うん、などと意味のない音を発しながら頭を掻いた。視線を泳がせて、言葉を探す。周囲に登校中の生徒が多くいるのに気付いて、後で話すよ、と付け足した。
「ばっきゃろおが。」
溜息を吐かれた。
人と馴染むのが苦手な自分を気にかけてくれる、そう多くない友人の一人だ。心配掛けているなぁ、と思うと申し訳なくなった。




結論だけ言えば、俗に言う三角関係とやらに自分はいたらしい。気付いた時にはそうなっていた。そして三之助は自分の鬼と決別した。
三之助は中位の鬼の花嫁としてこの鬼ヶ里に連れてこられたのだが、そもそも、その鬼との性格的相性が悪かった。自分はどうだか知らないが、相手が別に悪い人間というわけではないことも、三之助は分かってはいたのだけれど。
潔癖な男だった。男は男らしく、女は女らしくの古典的な概念がどうにも強い。鬼の中の位の上下、その花嫁の位の上下を必要以上に気にする。
「気に入らない相手がいたらどうしますか?」
委員会の時に委員長に尋ねてみたら、そのいつも通りの豪快な明るい笑顔をで、
「タイマン」
と一言答えられたので、あぁ、なるほど、と三之助は納得した。


「ちょ、ちょっと待てお前。」
・・・という旨を後で伝えると言ったので、昼休みに人のいない選択教室で話していたら作兵衛にストップをかけられた。四つの机を向き合わせて弁当を広げる周りには計六人が座っている。
「何?」
茫然とした作兵衛の顔が面白かったので、その隙にと思って弁当の唐揚げを一つ盗んでみたら藤内に白い目で見られた。一番おいしそうに見えたのは数馬の卵焼きだったのだが、後が怖いのでよしておいた。「あ、俺も!」と左門が作兵衛の残り一つになった唐揚げに箸を伸ばすが、作兵衛が左門の手をはたいてそれを阻止する。
「ねぇ、三之助、まさかと思うけど・・・。」
作兵衛の思考を代弁するように数馬が切り出した。
「殴ったの?」
「おー。」
「で、まさかその鬼にやられたんじゃないよね?」
妙に真剣な顔をした孫兵に、僅かに気圧された。
「や、違う、よ。ただ、あの人のこと好きだったんだろうね、花嫁の女の子。本当はあの子俺のことはたこうとしたんだろうけど、中途半端によけちゃって。」
「で、爪引っ掛かってその傷?」
「そう。気が強そうな女の子だった。さすがに女の子には手、あげられないし。」
「そりゃ立派な心構えで・・・・。」
藤内が溜息をもらす。
さっきまで作兵衛の弁当のおかずを狙っていた左門が、
「もし鬼にやられたんだったら、木籐先輩に申し上げるとこだった。」
「うわ、笑えない冗談!」
数馬の言った笑えない冗談、の意味が三之助にはおおよそ分からなかったのだが、鬼の一族が例えば、人を殺めてはいけない、物を盗んではいけない、のような当然の道徳のようにして教育される言葉が、花嫁は宝だ、ということである。女の生まれない鬼にとっては、その花嫁という人間にも鬼にも属さない生き物はとても大切なものであった。自分が印を刻んで迎えた花嫁は勿論のこと、全ての花嫁は保護対象として認識するのが鬼という生き物で、それをないがしろにするとうな者は蔑まれて当然であった。
「ねぇ、三之助。」
孫兵の声は宥めるようなものだった。
「分かっていると思うけど、これから大変だよ?」
それでいて、遠まわしに何かを確かめるようだ。
これから大変だと、その意味を、分かってはいた。
鬼が印を刻む際、自分を好みの女性を見つけ、その胎児に印を刻むものだから、総じて花嫁は美しく、プライドも高い花嫁が少なくない。更に鬼の中の上下関係というものは明白で、鬼の上下がそのまま花嫁の上下と認識し驕る者と多いのが実際だ。自分の鬼と決別した三之助は、そう言った花嫁にとっては最下位と位置付けられているようなものである。見下されることも反感を買うことも多いだろうことも容易に予想がつく。
「ねぇ、それでも構わないと思ったのはさ、」
白い指がつきつけられた。その通りであるとしか、言いようがなかった。