誰にも触れることすら許さない、宝物を守ろうとするような、毅然とした姿勢。真っ暗な闇の中、夜空に咲くぬばたまの空間を見つめて、あの人の視線の先には、何が示唆されていた?
暗闇は、安寧のようだった。それでも抱かれることをよしとしないだけのプライドを持ち合わせたあの人。
宝物は、土の中へ、大事に大事に埋めました。亡くなった子猫も、埋めました。どんぐりも埋めました。花の種も埋めました。宝物は、分からなくなりました。本当に大事なものはなんだった?本当に守りたいものは。そもそも最初から、宝物なんてあったのだろうか。気の触れる様な、長い、長い、長い、自責にも似た自問を繰り返して、それでも俺に笑ってみせたその表情は堪らなく美しかった。
そうだ。たとえば、生きていくのにはどれだけの感情があれば、必要最低限なんとかやっていけたのだろうか。難しい話だなんて実はそんなに多くはない。それでも誰も彼もが悩みを抱えて生きていくことをやめない。
分かっているのだろうか、決してあの人自身ばかりが特別な存在ではないこと。一人じゃなくて、誰もがみんな、みんなであること。知らないのならば、それを教えてやりたかった。甘やかす様にゆっくりと、諭し説いてやりたかった。
昼にさんざめく太陽の光。夜闇に呑みこまれる灼熱の想い。昇華する術も持ち合わせないほど、切実な祈りを誰に口にするでもなく、そっと抱えて。
埋めた宝物を、後生大事に守りぬこうと覚悟する瞳、その瞳が眩しく見えたところで、それは、日だか星だか月だか知れない光源からの光を反射しているだけに過ぎず。それでも、そこにその人にしかない色をつけられて、思考が、感情が、飽和していく。それも、承知で、それでも。寂光の中で歩いていくことを、思い知らせるように。
どこかに置き忘れた記憶を、そっと紐解いていくように。失くさないではいられなかったもの。終には、忘れたことさえもいつかは忘れてしまって。やりきれない罪悪感を、誰かにそっとなすりつけたまま、その苦さも忘れていく。
それすらも、誰かに責められることもなく。
じくじくと繰り返す、自問、それが、誰かのものにしないためだとしたら。忘れ去らないためだとしたら。
そうして、いつかは思い知らされる、そんな嫌な予感が背筋を這う。それでもあの人は俺に笑うのだろうか?それは、なんて愛おしいことなのだろうかと考えた。





「こうすれば、全てが終わりだ。」
間違いない角度で刀を首にあてがって、台詞、仙蔵は薄く笑った。そうすれば全てが上手くいくとでも言いたげに。あとはその仙蔵自身の首に突き付けた刀を、そっとひくだけだと。
月の綺麗な夜。闇に光が丸く浮いているのではなく、闇の天蓋にぽっかりと穴があいて、その先の憂色が真直ぐに落ちてくるようで、気味が悪くて直視ができなかった。
挑発的に、虚無的に、歪められた表情を、素直に美しいと思った。微笑み、と名付けられる類のもの。あまりにも、純粋な気持ちで感じた、美しい。それは、慈悲を孕む女神の微笑みなんかじゃあなくって、意地と意志しか通用しない世界で這いながらでも生き延びてきた驕りに満ちていて。
もっとはやく、こうしていればよかったと。
何がしたいのかを、尋ねた声が、自分でも存外なほど冷静で後悔した。数えること二秒、仙蔵は、愛したかっただけだと答えた。
強情な仙蔵の意地とプライドと自意識とが、わずか光を留める瞳にゆらゆらとたゆたう。湖面に浮かぶ、銀月の美しさに伴う寂莫。星の光がさんざめく錯覚に襲われた。
まさか、全ての物事に真っ当な理由があると思っているわけじゃない。それでも今の俺には名前を呼んでやることしかできない。名前を口にするだけで胸に滲む、わずかな優越感。
時間の流れ、時の流れ、隔離されたような視界には、僅かな星明かりで映し出される人物。薄明かりの中、妙に鮮明なのはどうしてなのか、理由を聞くのが躊躇われた。無粋な気がして。
「仙蔵、お前、何を考えている?」
「無論、お前のことばかりだよ、文次郎。」
ただ、お前を、愛しているんだ。愛していて、愛していて、愛したくて、だがその想いもどうしようもなくて、ならば、ならば。
正しくなくとも、無様でも、それでも構わないんだよ、私は。ただ美しくなくとも、醜くとも、私、私は、文次郎。愛していて、愛していて、愛したくて。
ぽつりぽつりと呟く仙蔵を見て、哀しいと思った。哀しいと、愛しいと、確かに感じた激情と、冷静な気持ちで勿体ないに似た劣情とがせめぎ合う。優劣なんてどうでもいい。そう思う時、酷く矮小な人間を、銀月はせせら笑って……。
狂ってしまったのだろうか?仙蔵は。もし、そうなのならば、たまらなく申し訳なかった。狂おしいほどの愛なんてものを貰っておきながら、その実狂えるほどの愛だなんて俺は仙蔵に返してやれていない。粗末な偽善論を紡ぐように、アイシテルと動く唇。
象徴的に弧を描く唇が、どちらのものだったかなどといううことは、今何の意味も持たない。夜のしじま。仙蔵の声以外の音を耳が拾わないのは、単純に、俺の世界を構成するものに余分な音が含まれていないだけだろう。それなのに、視界ばかりはあちらこちらに。
仙蔵は、躊躇わずにその刀で自らの首を切るのだろうか。一つ、瞬きほどの動きさえ、何枚もの絵を見ているように、一枚一枚が、一瞬一瞬が、繋がらない。
生きているものは、ふたつしかない、あとは、ゆっくりと闇に同化する景色に過ぎない。俺は、自分の足元が見れない。
「文次郎……。」
そして、仙蔵の指に力が入ったのが、俺の指に力が入ったことで分かった。


暗闇は、安寧。


自分の鼓動の音で、目を覚ました。隣の布団では、仙蔵が、寝息を立てていて。俺の起きる気配で目を覚まさないでくれてよかった、とぼんやりとした思考の中で思った。
月の綺麗な夜だった。夏も終わった。秋になりきってはいないが、次の季節が気候を呑みこもうとしている。そんな夜に、夢を、見ていたらしい。それも、悪夢と言える種類の。それなのに、どこか幸福感で溢れているのは、すでに俺が狂っているからだろうか?
誰になすりつけて忘れようとしても、いずれは思い知らされる。こんな日がいつか来る気がして仕方がなかったのだ。落ち着かない、鼓動。まだもう一度眠る気にもなれずに、首を回して部屋を見渡した。
何処に何があるか、はっきりと分かるわけもない暗さ。それでも毎日使う慣れ親しんだ部屋には、何処に何があるのかを知識として分かっている。忍具のありか。刀の置き場。分かって、いる。
夜空には銀月。ぽっかりと穴のあいた夜闇の天蓋を縫うように、ちらちらと光って、せせら笑っているようだった。




誰にも触れることすら許さない、宝物を守ろうとするような、毅然とした姿勢。真っ暗な闇の中、夜空に咲くぬばたまの空間を見つめて、俺の視線の先には、何が示唆されていた?






夢にまで見た、