そういうことだから、と締めくくられて、呆然とした。
(そういうことって!)
言った本人は元来嵐のような人だから、言い終わるとすぐに去っていった。言われた八左ヱ門だけが残った。
最初はただ呆けて、だんだんと怒れてきた。怒ってやろうか、と束の間思ってその思考を自分で否定する。
(いやいやいや、無理だ。俺にあの人相手は無理だ……、なんつかほんとに、)
頭の中で自分と会話しながら、教室へ足を進める。すると、丁度教室の前で兵助と雷蔵と三郎が談笑してるのを見かけた。兵助がこちらに気付いて片手を挙げた。微笑む表情がなんとも可愛らしい。
「ほんとに、俺、こんなんでごめん、兵助……。」
「何、え、いきなりどうしたの!」
目の前で溜息をついてがっくりと項垂れた八左ヱ門を見て兵助が慌てる。雷蔵も訳が分からないという顔をしていて、全てを知っている三郎だけが声を上げて笑った。
笑いごとではない。
仕える相手を間違えた。いや、鬼が庇護翼として仕える相手は家同士の関係で最初から決まっているものだ。仕方がないといえば仕方がないのだが、それが絶対的な効力を持っているかと聞かれれば、当てはまらない例も少数なりあるものであるからして、反対することもできた。
―――――――ほら、私の委員会の、二年の、次屋三之助。私あの子花嫁にもらったから!
またか、と思った。今頃平も嘆いているだろう。
自分の花嫁を迎え入れるまでには、通例数回の庇護翼経験をしているものであり、事実自分と同い年の三郎も何回かの経験を重ねているのというのに。
ああ、本当に、仕える相手を間違えた。と、思うのにももう慣れた。なんだかんだでそうしてあの暴君たる三翼の一人に振り回されるのも自分の役割だろうと思えてる分には心底嫌だと思っているわけではない。三郎に以前そう言ったら、悟ったな、竹谷八左ヱ門、と笑われたのだが。
「何の話?」
「まー、とるにたらんことだよなぁ。」
八左ヱ門より先に答える三郎はなんだかにやにやとしている。知っている、こいつは面白がっているだけだ。
「三郎だけ知ってるの?」
「や、別に秘密の話でも猥談でもないし秘密の猥談でもない…あだっ。」
八左ヱ門が頭をはたく。何をする、と三郎は言ったが、自業自得だろうと思う。
個人的には重大事ではあるが、まぁ、客観的に見たら確かに取るに足りないことだろうと、痛がる三郎を笑い飛ばしてみたら幾分かすっきりした。
「ところで兵助はどうした?」
「用があるわけじゃなくて勘ちゃん待ってるんだけど、委員会って……あ、」
「あ?」
「……言っておくけど勘右衛門がやってるのは集まりじゃなくて個人分担の仕事だからな。私サボりじゃないからな。」
「あー、ごめん、疑った。」
「雷蔵まで!」
項垂れる三郎の頭に合わせて癖のある髪がさらりと踊った。





人のいない図書室で、勘右衛門は一枚の紙と睨めっこをしていた。
作るべき書類は完成した形で机上にある。勘右衛門が手にしているのは全く別のものである。
手紙だ。しかも俗に言うラブレターというもの。
勘右衛門が貰ったものではなく、拾いものだ。それがラブレターだと知っていたなら勘右衛門も封筒を開くなどという失礼な行為には出なかったのだが、真白な封筒に宛名もなく、封は申し訳程度に小さな黒丸のシールがついていた。封筒に入っていながらあまりにも手紙と呼ぶには不自然なそれに、好奇心が勝った。
中に入ってるのは便箋ではなくこれもまた真白な紙だ。中央に一文だけ、流れる様な字が書いてあった。
『それでも貴女を愛しています』、とそれだけ。
他に何が入っているわけでもないのに、唐突に逆接からはじまっている。
これは、どういう状況なのだろうか、と推測してみたが情報が少なくもはや妄想にしかならなかったのでやめた。
宛名も差出人も書いていないからどうしようもないのだが、元の場所に戻すのは気が引ける。なんせ屋外だったのだ。雨でも降ればそれで終わりになってしまうだろう。果たしてどうしたものか。勘右衛門は悩みながらその手紙を見ている。しかし本当に悩んでいるのはその手紙の処置ではなくて。
(この字、どこかで見たことある気がするんだけど……)
さぁ、誰の字だったかな、と考えを巡らせたが、分からないのでやめた。その手紙を元の通りに二つ折りにして、封筒に戻し、不思議な手紙ではあるが、他人から他人宛の恋文であるのだから、もうこの封を開くのはやめることにしよう、と書類と一緒にA4のクリアファイルに仕舞いこんだ。
教室に戻ろう。兵助が待っているはずである。