昼下がりの保健室は白で統一されたカーテンやシーツが光を反射してやけに眩しい。
保健室に訪れた客人に伏木蔵は、お茶をどーぞ、と湯呑を差し出した。顔中を包帯で覆ったその客人は、どうも、といいながら器用に目だけで笑って見せた。
本来ならば、高校の保健室と言うものは客人を通す場所として機能していないものであるが、現在鬼ヶ里高校の保健医である善法寺伊作が、彼に用のある人物は全てここに通しているのである。客人用の湯呑のそのためにこの保健室に置かれたものであるが、包帯の男、雑渡昆奈門に渡したそれは、もはや彼専用となっているものである。
「お煎餅もありますよ。」
伏木蔵が差し出した物を、雑渡がまたありがとうと一言言って受け取るものだから、伏木蔵は面白くなった。
「あ、飴も・・・」
「飴はいいよ。それよりほら、お土産だよ。」
「わあ・・・!」
雑渡が持ってきていた紙袋から出した紙箱が、有名なケーキ屋のものだと気付いて伏木蔵はぱっとめを輝かせた。
「三つあるから、善法寺先生がいらしたら食べようね。」
雑渡が伏木蔵の頭を撫でて笑い、伏木蔵は、お皿を取ってきますね、とにこりと笑って答えた。
「あれ、またいらしてたんですか。」
それから、保健室の奥の片開き戸から保健室の主が顔をのぞかせた。保健室からしか行くことのできないその隣室は薬品保管室だったのだが、現在は地下に続く階段があるのみである。その先の地下室では、もともと隣室がそうであった薬品保管室であり、調合や研究も伊作の趣味の範囲で行われている。というのは伊作が周りに言った言葉のままであり、実際に彼以外にその地下室に足を踏み入れた人物はいないので、その言葉の真相を掴んでいる人間は、事実上いない。
鬼の一族が管理する山中にある鬼ヶ里高校は、これが高校生の使う施設かと疑うほどに充実された設備を持つ高校であり、地下室を増やす程度であれば土地も労力も財力もあった。
「善法寺先生、ケーキ頂いたんですよ。」
「それはどーも。・・・雑渡さんってお仕事なさらないんですか?」
「まさか!これもお仕事のひとつだよ、伊作くん。」
伊作の問いは今までに何度もされたものであり、それに対する雑渡の答もいつも同じで決まり切ったものであった。
さて、とお徐に切り出した雑渡の目を伊作は真すぐに見据えた。
「私も仕事をしにきたんでね。」
「"上"の方に報告しなきゃいけないような問題はこの高校にはありませんよ。」
柔らかい口調と裏腹にきっぱりと言い放った伊作を、面白そうにふうん、と雑渡は笑った。
「鬼頭とその花嫁は?」
「うまくやっていますよ、生徒会長。仙蔵の方も、鬼頭、鬼の頂点の花嫁であり鬼の花嫁の頂点でもあります。・・・このまま何事もなく時間が過ぎて行ってくれるのが、教員側としても嬉しい限りですが。彼らなら大丈夫なんじゃないですか?」
「さぁてね。」
雑渡が喉もとでくつくつと笑った。
「何か嫌な心当たりでもあるんですか?」
「いや、抗えないものってあるでしょう。きみも知っているんじゃないの。」
舌打ちしたい気分になった。
「いさっくーん、」
能天気な声と共に保健室に小平太が入ってきたのは日も傾いてきた頃だった。
昼下がりに来ていた客人は、もう随分前に彼曰く口うるさい部下に携帯で呼び出され去っていった。
「どうしたの。まさか怪我とか・・・・はないよね。」
「当り前だろう、私を誰だと思っているんだ。」
小平太の委員会中の活動を思い起こし、彼が来るのならば彼の後輩の誰かが被害者になったのだろうと伊作は救急箱を取りだし中を確認し、不足していたコットンと消毒液を足した。
「あー、今日は違くて。いさっくん、絆創膏だけくれる?」
そう言った小平太の口角が上がっているのを伊作は見逃さなかった。
「なんだか楽しそうだね、小平太。」
「分かる?それに比べるとなんだか疲れているように見えるけど。」
「分かるー?」
伊作は絆創膏の入った紙箱を小平太に軽く投げ渡した。
それを難なくキャッチした小平太は、さんきゅ、と礼を述べて笑った。
「小平太は自分の花嫁作りに行ったりしないの?」
「しないよ、私は。いさっくん、誰かに何か言われたんだろう?」
「酷いもんだよ。まだ、前の花嫁を看取ってから幾許も経っていないのに。」
いよいよ落ち込み始めた伊作を目にして小平太は指折り年数を数えた。二十五年だね、と
確認したその年数を告げると、二十六年だよ、と訂正が入ったので思わず肩をすくめた。
過去の経験上、彼が新たな花嫁を待つために印を刻みに行くには、あと十年は必要だろう。確かに仲のよい夫婦だった、と小平太は伊作の花嫁の顔をぼんやりと思い出した。二十六年も前の記憶は曖昧になってしまってはいるが、確か、すごく柔らかく笑う女性だった気がする。大抵の鬼の花嫁と同様に、自らの鬼に看取られた彼女は、人間の女性の平均寿命よりも十年ほど長生きした女性だった。
「私は行かないよ。欲しいものは奪う方が性分に合っているみたいなんだ。」
「そう言えば、竹谷君もまともに庇護翼の仕事したことないって言ってたよ。」
それもそうだ。当然だ。小平太が今まで印を刻んだ花嫁というのは、もとから小平太の印を持って産まれてきた女ではなく、別の鬼の花嫁として鬼ヶ里に来た女に、その印の上から彼のそれを刻みつけたものばかりなのだ。
「小平太、君、まさか、」
伊作が思考の行きついた先を口にしようとすると、小平太がにいと笑った。
「かわいーんだよ、これが。」