「立花先輩って結構お人好しじゃないですか?」
綾部喜八郎はそう言って、購買で買ってきた菓子パンを食べている。三つめだ。
仙蔵は委員会の予算をまとめた書類をとんとんと揃えながら、ほう、と相槌を打ちながら続きを促す。
揶揄されることは分かっている。仙蔵に対して言葉を選ばない、いや、敢えてそういう言葉を選ぶ後輩など彼女しかおらず、仙蔵はそれを面白く思った。
「また、三年生の花嫁同士の諍いに、ぽいっと口を出したそうじゃないですか。」
「教室内でいがみ合われるのが不快で、言い包めるのが面白そうだっただけだが?」
「そしてすぐそういう物言いしますね。やってることはヒーロー的なのにそのせいでうっかり怖がられてますよ。……あ、食べます?」
「いや、いらない。」
喜八郎が四つ目の袋を開ける。
基本的に、人に干渉的でない仙蔵の行動が、喜八郎は腑に落ちない。
話に、自分の鬼に聞く限り、今までの鬼頭の花嫁というのは、その地位に甘んじて権力を振りかざすこともある、寧ろそれが普通だと言っていいそうだ。しかし、その権力はあくまでも鬼頭に由来する、責任の伴わない権力だ。
仙蔵のように、花嫁を一つのカテゴリーとみなし、自らその頂点に立とうとする者など、今までにない。
仙蔵は、鬼の頂点の花嫁ではなく、鬼の花嫁の頂点であろうとしている。
そして、花嫁同士の諍いは、肥大して自分の鬼までも巻き込む前に、すんと収まる。
「それが木籐先輩の為でしたらひきますけど。」
「まさか!」
「ふうん、」
「喜八郎、これをその生徒会長に叩きつけてきてくれないか?」
仙蔵は喜八郎にその書類を手渡す。喜八郎はぱらぱらと眺めて、その挑戦状ともとれる内容に微笑んだ。鬼頭の花嫁とはいえど、鬼頭に尽くすような女性ではない、それを物語っている。喜八郎は仙蔵のそういうところを気に入っている。
「りょーかいでーす。」
喜八郎はパタパタと音を立てて歩く。
片手に書類を持ちつつ、もう片方の手でパンを持つ。歩き食いはやめろと言われたが、善処しますとだけ言って直さない。
それで、生徒会室に向かって歩きながら喜八郎はやはり先程仙蔵に投げた問いを考える。自分だったら絶対しない。
彼女のことだから、何かしらの考えのもとなのだろうけど、結局それも話さない。
それを探る攻防の様な会話もそれはそれで楽しいのだけど、未だに勝機が見えないのだ。
「綾部喜八郎、」
鬼頭の低い声が響く。普通の人間なら多少は怯えるのだが、喜八郎はひるまない。いかにも綾部喜八郎です、と嚇然としたまま返す。
「これは。」
「うちの委員会の予算は委員長がその手腕を振るってお一人で完成させているので、文句ならそちらへ。」
にこりとも笑わずに喜八郎はそう言った。田村がよく言えるな、という好奇と畏れとの混じった目で見ているのが分かる。鬼頭の眉間の皺が深くなる。
因みに、と喜八郎は付け足す。
「私の推測では、立花先輩はもう作法室にはいらっしゃいませんよ。」
「だろうな。」
「多分執行委員会の方じゃないですか?」
挑戦状を出しておいて、自分は優位になれる場所で悠々と待っているのが彼女らしい。鬼頭の方もそれを分かっているのか、長く溜息を吐いたのを見て、喜八郎は満足気に踵を返す。失礼しました、と抑揚もなく言い放ち、生徒会室を後にする。鬼頭に告げた通り、仙蔵はもう作法室にはいないだろうので、今日はもう帰っていいということだ。自分の教室まで荷物を取りに行く前に、購買で甘い飲み物とシュークリームを二つ買った。
「タカ丸さん、」
「おや、綾ちゃん。委員会は終わり?」
「ええ。ですから、もう帰ろうと。あと、シュークリームをひとつどうぞ。」
喜八郎は1組の生徒で、校舎から出るには必ず3組の前を通る。
3組の教室の中には、思った通り見知った人物が暇をつぶす様に携帯電話をいじっていたので声をかける。斉藤タカ丸は、喜八郎の鬼である。
「くれるの!ありがとー。」
「気分がいいので私の奢りです。」
タカ丸はシュークリームを受け取り、思い出したように、一緒に帰ろうと思って待ってたんだよ、と付け足した。
彼は立ちあがり、やけに可愛らしいキーホルダーのいくつもついたスクールバッグを肩に担いでからシュークリームの袋を開けた。
「どうして?いいことあった?」
「生徒会長に喧嘩を売りました。」
「……え、え、鬼頭に!?」
タカ丸は目を丸くする。肩がはねて、それに合わせてスクールバッグのアクセサリーがじゃらん、と音を立てる。
「私ではなく、委員長がですよ。」
「あー、立花さんかー。びっくりした。」
隣で大袈裟に安心するものだから、喜八郎はそれを見ているのが面白くって小さく笑った。