始まりの世界樹の話をしよう。
誰も行くことのできない世界の最果てにあるらしい。そこからその木は光を反射し、水を清らかにし、大気を生み出し、誰もがその正体を知ることのない生命そのものを作りだす。ひいてはその命の最初から最後までを見守り、役目を終えた命をまた新たな生命へと移していく、世界にあるあらゆるものよりも最初に生まれた夢産みの樹。ずっとずっとその姿を変えることをしないのだという。そうしてずっと、ただ世界の最果てから全てを見てる。それは、限りなく神さまに近く、それでいてこの世界の全てに不干渉だ。それを尊いと崇めるのか、ないものとして扱うのか、はたまた卑怯だと嘆きをなすりつけてしまうのか、それは、君の好きにすればいいじゃない。ね、好きに思ってくれていいよ。だけど、いつかそこできっと巡り合うだろうよ。落ち合うだろうよ。全ての始まりはそこにある。全ての原因がそこにある。全ての結末はそこに集約している。すべての、結果が、そこに集約しているんだ。
勿論、神話のような途方もない話だ。その世界樹は、神さまに限りなく近い存在だから。何が違うって、それは、崇拝の対象なんかにならなかったことだ。けど、その方がずっと正しいと思わない?それを崇拝する気は私にはさらさらないのだけれど。だってそれをしてしまったら、神さまと同義になってしまうでしょう?いつか見に行きたい、セカイノハジマリ。手の届かないところにあるっていうのは知っているし、そもそも存在をまるまる肯定してしまうのも、馬鹿げた話であるというのも分かっているのだけど、聞いて。ここにあるもの全てを見守るという世界樹は、それでいてここにあるものとは何もかもが違う。玉響な現実なんかとは程遠い、不明瞭で曖昧な、けれど決して消えない幻想。だれもが想像を馳せる、セカイノハジマリ。
一緒に手をつないで、どこまでも想いの行く先を見守りに飛んで、その先にはきっとあるんだろう、始まりの樹。夢を見る。でもその夢すら大樹に生み出されるのだとしたら、肯定されてもいいんじゃないかなって、思うよ。確かに。ねぇ、だから聞いて、それで、認識して。始まりの世界樹の話。信じてくれなくてもいいよ。そんなもの、あるわけないねって、笑ってくれたって構わない。だけど、決して忘れないでほしいんだ、その、セカイノハジマリの話。きみが認識さえしていてくれたら、どこかで思い出してくれたら、それがいつか現象として降ってきてくれる気がするんだ。ふと一人、誰でもいいからと声を抱きしめるとき、この話を、この話をする私の声を、そっと思いだしてくれたら、それだけでいいんだ。
そう、願うものだなんて多くはいらない。ううん、今無性に願ってしまうのはひとつだけなんだ。

いつかの日に、その樹の下で落ちあいたい。









夏の暑い日。そこらじゅうにばらまかれた命がはっと鮮やかになる季節に慄然とする。生きて生きてと何もかもが必死になって、世界は祈りで飽和する。飽和して、それでもまだそれらは尽きないものだから、いくらかのものは弾かれてしまう。なんて残酷。冷たい水を入れた湯呑の外側にたっぷりとついた水滴を見て、ふとそう思った。弾かれてしまうもの。普段は見て見ぬふりをしていた寂莫を突き付けられた感覚に、息をのんで、惜しんだ。
飽和した祈りに弾かれる、叶わなくなってしまう祈り。人伝に聞いた話だ。随分と夢みたいな話だと思ったのに、それを聞いた時にどうしてあんなにも泣きたいような衝動に駆られたんだろうか。その理由を、今は知らないままでいい。それを知るときはきっと、弾かれた祈りというものを思い知るものだろうと思った。例えばそれは、祈りだけじゃなくって、命だって同じことなんじゃないだろうか。誰それが決めたか分からないんだけれど、飽和量っていうものがあってさ、溢れてしまうんだ。弾かれてしまうんだ。だから、夏は怖いよ。次に弾かれてしまうものが何なのか、想像しただけで足が竦む。失くしたくないものって、どうして増えていくんだろうか。何もないことほど、寂しいことってないとは思うけれど、でも、たくさんあるほど怖いこともない。その途方もない競争率のなかに、感情も命も祈りも全部全部ないまぜにして、どうか叶いますように守られますようにと奥歯を噛みしめる。いつまで続けなくちゃいけないんだろうか。
蝉の鳴き声。潮騒。音は弾かれるのではなく呑まれてしまう。残された僅かな命の限りに叫びを上げたところで呑まれてしまっては、誰にも聞こえないだなんて、そうしたら生きた証もなく幹につかまり続ける力も尽きてしまうなんて、ぞっとする。照りつける強い日差しに、何を思えばひっそりと穏やかなまま全てを受け入れることができるのだろうか。何を思えば。何から目を、そむければ。
現実だけが確実で、その一歩先などもう見えない。それでも弾かれるものは弾かれるし、そうと知りつつ自分を含めたあらゆるものがその飽和量に入り込むことを試みて競争する。不毛、だなんて誰が言えようか。つう、とその湯呑の外側についていた水滴が、その重みに耐えかねて這い落ちる。無音だ。いつまで続けなくちゃいけないのだろうか。いつまで我慢しなくてはいけないのだろうか。いつまで、なら、重みに落ちることなく耐えていけるのだろうか。いつまで。いつ、まで、も?
「勘、右衛門、」
「・・・なあに?」
「お願い、変わらないでいて。」
名前を呼んだ、その自分の声といったら、弱弱しくって情けなかった。
反対に、答えた勘右衛門の声が、その間延びした調子と裏腹に強かなものに感じられて、歯痒い。それでも、安心した。どうかその強かさを守りとおしてほしかった。儚い人では、いてほしくなかった。溢れてほしくなかった。例えば、世界全てがごっそりと変わってしまっても、そこに一つ変わらないものが欲しい。いくら、全て、には終わりが来ないと分かっていても、全ての者には終わりがきて、それは極一部にしか惜しまれることなく、こっそりと代替される、その事実を、知らないと言い切るわけにはいかなかった。かけがえのない。だなんて、何て素敵な言葉なんだろうか。その言葉の通用する世界のまま、ずっと夢を見ていられたら、よかった。自分とその狭い視界で見渡せる僅かな世界で、完結できるのなら、なにも畏れるものはなく、幼い頃手にしたあの強さを、本物だと豪語することだって、できた。
私の言葉にこちらを見た、勘右衛門。日の光によって、雷蔵ほど明るくは無いが、茶色がかった髪がきらりと光る。どこからか潮騒は聞こえるのに、その瞳は漣すら起こすこともなく、穏やかで、その湖面に宿る木漏れ日が、何故か懐かしい。私の放った言葉は、さぞ意味が分からないだろうね。かといって、訝しむ色なんて僅かにも見せず、私が再び口を開くのを、待つように、促すように、じとこちらを見遣る瞳。このまま私が何も言わなかったら、それで彼はきっと何もなかったことにしてくれるんだろう。それは別に、気にならない、というのではなく。その在り方に、憧れた。未知のものに、どうして畏れないでいられるのだろう。何を見据えているのか。認識することに長けていて、私の言葉を待っている。それに決定的欠落を感じさせるのは、欠落ではなく、単に他に見ないほどの自分との差異からの違和感でしかない。日差しは強く、それでも青葉は繁る。燃えぬ。随分と出来た話ではある。先を知りたい。そう思うことは至極当然な話なのに、どうしてそれが見えないと、理不尽に畏れを感じたのか。それを問いただしたところで、満ちた月が欠けるわけでもない。それでもじっくりと流れる、目に見える全て。
勘右衛門のその瞳が、私を待っているのを承知していても、上手に説明できる言葉が見当たらない。言葉がいつも便利すぎてしまって、私にはどうしようもない。的確に言葉を選べたら、大丈夫なときは大丈夫だよと伝えてあげられた。幸せな時は幸せだよと、伝えて、安心させてあげられたのに。別に、特に何かがあったわけでもない。今更それをもどかしいなどとありふれた言葉で表現することは、卑怯なのだろうか。問うべき先も答の得られるあてもない。直面するものは何なのか。それもまた無意味な言葉遊びと同様に、ぽつりと底なしの闇にでも問いかけることを趣味にするような人間にはなっていない。だったら、まだ大丈夫だ。まだ。そうして、今しばらく、湖面の反射する先を思って、その波を待たせる。
「ずっと、変わらないでいて」
「兵助。」
「それで、それで、いつかの日には、ハジマリノ………」
「兵助。」
先程まで先を促す様に向けられていた視線が、今は言葉を遮るように細められた。そういえば、勘右衛門は、常に人の言葉の先を、知っていても待つような、そんな人間だった。もしそれが、無意識なら、なんて貴いことなのだろうと、思いはするけれど。だから、こんな風に言葉を遮られることは、少なくとも勘右衛門自身が意図するところでは、初めてなんじゃないだろうか。思わず驚いてしまった。咄嗟にその驚きの色は隠したけれど、じっと私を見ている勘右衛門の目を欺けるはずもなく、バツの悪そうに、少しだけ眉根を顰めて。そこにまだ、安っぽくていい、訂正でもするかのような言葉を並べてくれたなら、こちらとしても何か言うことが出来たのに。
強い人で、在りたかった。強い人で、在ってほしかった。
力で誰かに負けてしまうことなんて厭わないくらいに。ただこうして発する声が、想いが、灯す炎が、飽和する巡りの中から弾きだされない強さを、ずっと持ち合わせていてほしいと切に祈った。儚いものなんて、美しくもなんともないじゃないか。それならば、一見醜くても、ずるずると這ったその奇跡の方が、ずっと綺麗で鮮やか。何があっても、そのままでいてほしいと、口にした。不変のものなんて、ありはしないと、本当はずっとずっと知っている。勘右衛門が私を窘める以上に、その事実を受け止める覚悟はしていたし、それに対して、思うほどの後ろめたさも感じてはいない。ただ、それでも昇華できない祈りを口にした。まさか言ってよいことだったとは思っていないけれど、失言だったとも思っていない。どうしようもなかったんだ。どう、しようも。
苦いというよりは、諦めに近い表情をして、勘右衛門がゆるゆると首を横に振った。僅か落ちてきてしまう横髪を、掻き上げるように手が泳ぐ。太めの関節。ところどころに胼胝ができ、爪の形も不揃いでお世辞にも綺麗とは言い難いその手は、紛れもなく忍の手だ。扱い続けた忍具に合わせた手の形になってしまうから、敵と対峙するときは、その手の指の形をまじまじと見れるような角度や位置に置いてはいけない。一年生の手はまだみな白魚の様で、柔らかく綺麗なままではあったけれど、高学年ともなれば、その手は皆歪んでいる。自分とて例外ではない。忍の手。私も、彼も、そういった名前の生き物に限りなく近い。恐らくこのままその名をもつ生き物になるのだろう。それがまた、私を堪らなく哀しくさせたのだ。飽和量が決められていて、その中で祈りの選定を行うのであれば、忍だなんて、真っ先に弾かれてしまう種の生き物ではないか。
祈りも音も命も、生み出すものは不可視の始まり。ならば、裁くものは何なのだろうか。誰が飽和を決めるのか。誰が祈りを選定するのか。そして、弾いてしまうのか。理不尽だ、というのはわざわざ私が今言わなくてはならない事でもないだろう。自明だ。それはあまりにも残酷で、また同時に泣きたくなるほど優しくもある。
「多分ね、俺にも兵助にも、思い知る時は来ると思うよ。遠い未来でもし出会うようなことがあっても、もうお互いはお互いだと、分からないかもしれないじゃない。」
それは、夢を見るように、遠い話なんかではなかった。それなのに、苦々しい表情を先程までしていた勘右衛門がわざとなのか無理矢理に笑顔を作ったものだから、曖昧なまま笑い返すことしかできなかった。あのまま勘右衛門に言葉を遮られていなかったら、私は思考を保っていられただろうか、だなんて。肯定できるはずもない。残るのは、極限にまで削ぎ落としたあの暁月の、寂寞ほどの根拠だ。あの月の、美しいとまで名付けた寂寥がたびたび胸を襲う。それは、変わりゆくものに対する惜しみでも絶望でも、なく。
淡い期待を、抱いてはいけないと、現実をしっかりとそのままそれだけを認識しなくちゃいけないと、まさかそんなことを言うつもりもさらさらないだろうに。ただ怖いと言ってしまえば、恐ろしいほど的確だったのかもしれない。憧憬。郷愁ほど胸をゆるゆるとしめつける感情を、私は未だ知らなかった。その対象が、故郷ではなく、過去に在った時間そのものに向けられてしまえば、殊に。説き伏せられた感情に、名前は確かにあった。その名を呼ぶことはあまりにも躊躇われてしまったが。空は高い。さらに、声など今にも呑みこまれてしまいそうなほど青い。綺麗な色だと、無性に思う。その空の中心から、容赦のない日差しがひらひら、と。
悟ってしまう。随分と知恵をつけてしまった。何も分からないままの方が、世界は優しいままだったのに。眼に映るもの全てに一通り美しいと感想を付けて、今抱く感情をすべてないまぜにして、泣きたいと、素直に思った。譬えば、愛してと言ったところでそれが助けてと異義になることだなんてありえるだろうか。ただ、まるで幼子だった頃に対する郷愁のような想いで、過去ではなく目の前でへたくそに笑って見せた勘右衛門を堪らなく愛おしく想った。
「それでもね、勘右衛門。私は、いつか、私の呼ぶ勘右衛門に、会いたくてしかたがなくなる。」
だから言わずには、いられなかった。泣いてもいない私に、勘右衛門が泣かないで、というから、途端に視界が滲んで、きっと私の瞳に入る光は溢れてしまったに違いがない。私の中に飼いきれなくなった感情の一部分が、溢れて、重力に従って、涙として落ちていく。泣かないで、と私が投げかけた先では、彼の頬にもまた、重力に従って、感情が滴り落ちていったのだった。



セカイノハジマリ
習作。基本的にパッチワーク。