現パロ。三郎は次屋の高校の先輩。七松はバイト先の先輩。




また一つの恋が終わりました。終わったと言っても、別にこっちはあんたに惚れてなんていないから、終わったのはそっちの恋だけだけど。たったの10日。貴方は心根の綺麗な人でした。だけど、もっと言えば、ただそれだけ。別に好みの相手のタイプは?なんてありがちな質問にこれもまたありがちに、優しい人、なんて答えるきはさらさらない。別に優しくなんてなくていい。自分を惹きつける人なればそれでいい。どこかにいないか、そんな人、だなんて来る者拒まず、来ない者は時には誘ってみたりして、いろんな人と付き合ってみたりしたけど、てんで駄目。どれもこれもに胸は高鳴らない。

「・・・って話なんですけど、どう思います?鉢屋先輩。」
「お前の遊びっぷりを話すためだけに男の家にこうやって入り浸る人間の神経を疑うね。」
鉢屋先輩はそう言いつつも、唐突に来る俺をちゃんと家にいれてくれて、それで紅茶とお菓子を出してくれるからいい人だ。鉢屋先輩は紅茶党なのか、この家にはコーヒーも麦茶も緑茶もない。
「そんなつもりじゃないんすけど。」
折り畳み机が出ていたので、その前に胡坐をかいて座る。スカートの下に履いたジャージに最初は苦笑いされたが、特に何か言われるわけでもないので、そのままでいる。見目があまりよろしくないのは自分でも分かっている。けれど、まだ肌寒い季節だ。冷えをしのぐ方がよほど大事。さらにこれなら胡坐をかこうとも何も気にすることは無い。
机の上に出されているCDと数冊の本。鉢屋先輩の聞くCDはマイナーなロック。とはいえ、これは俺も好きなもの。同じ高校の二つ上の先輩と、たびたび話すようになったきっかけでもある。読む本は昭和初期の詩集。これ、正直に似合わない、と思った。鉢屋先輩が読んでいたから、ちょっとだけ興味を持って開いてみたけど、意味がよくわからない。詩ってそんなもの?知らないけど。こんなん読んでどうするんですか、って聞いたら、哲学だよ、と笑われた。
「臆病者め。」
誰かから連絡来れば、遊びに行けるのに、なんて思って新着メールを問い合わせていた携帯電話をすっと取り上げられた。そのまま、ぴっぴっ、とボタンを押す電子音が聞こえる。
「何してるんすか、人の携帯で。」
「なぁに、悪いようにはしないさ。かわいい後輩のための先輩の手助けだ。」
可愛いなんて、心にも思っていないくせに。胡散臭い。作業している指先を見ると、終ったらしく手が止まり、ぽい、と放る形で携帯を返された。果たして何をされたのかと画面を見て、驚いた。驚いたから、咳き込んだ。その俺の様子を見て、鉢屋先輩はこれまた意地の悪そうに笑っている。
「・・・これ!どーゆーことですか!」
「動揺しすぎ。お前、俺のとこきてるバヤイじゃないんだろう?」
画面はアドレス帳。しかもある人物の詳細ページへ切り替わっており、カーソルは電話番号に合っている。確定ボタンを一度押せば電話がかかる。
「どーせ満足できないんだったら、本命あたって砕けた方が手っ取り早いだろう。さぁ、レッツゴ―。」
淡々と言う鉢屋先輩の声は、他人事だと楽しんでいる。絶対に。確かに先輩からしたら他人事だけども。画面と鉢屋先輩の顔を交互に見る。確定ボタンは未だ押せない。押せるはずもない。
七松小平太
この名前の下に並んだ11文字の数字の意味。今絶対に赤面してる、気がするけど、正直そこまで考えている余裕がない。
(っていうかなんで知ってる・・・・!)
バイト先の先輩。世間話にバイト先での出来事を話すときに、まぁ、名前くらいは出しているけれど、それが鉢屋先輩の中学の先輩だというのも知っているけれど!
そうして画面とにらめっこしてる時間がどれくらいかは分からないけれど、にわかに携帯が鳴りだした。メールではなく電話の音だ。助かった、と思った。これで、友達からの誘いだったら願ったり。話聞いてもらったけれど、意地悪な先輩の家から出ていけれるから、それでいい。そして掛けれもしない電話番号とにらめっこする必要もない。
そう思って誰からかも確認せずに電話に出た。もしもし、と自分が言った瞬間、鉢屋先輩がにやりとチェシャ猫の口をした。
『もしもし?』
そして電話越しに聞こえた、聞き間違えるはずもない声!



ア・メッザ・ヴォーチェ