「嫌い、」
ばかだともおろかだとも言った。
嫌い嫌いきらい。ばかじゃないの。ひどい。最低。俺の嫌なことばかりを言う。する。
「嫌い、」
吐けるだけの罵声を吐いて喚いた。なんなんだ。訳が分からない。貴方は分からない。
ひどい。ひどい。
「嘘」
「嘘なんかじゃない。」
駄々をこねる幼子のようだった。
馬鹿らしい、と思ってはいたけれど、この際それでもいいから、この人を遠ざけたかった。
「嘘じゃねえよ、ほんとだよ。俺、あんたが嫌いだ。そりゃあ、あんたは俺の主だから、あんたが何言っても俺は従うさ、でも、俺はあんたが嫌いだ」
嘘、と先ほど一言言った。それきり、この人はふうんと言うだけだった。
罰せばいいのに。主に思い切り負の感情をぶつけた忍など。せめて眉根を顰めるくらい、すればよいのに。
それなのに、ふうん、と言って目線をどこかに飛ばしてしまう。聞きやしない。
ぎりりと奥歯を噛み締める。舌打ちすると聞こえてしまうから堪えた。
「………ちくしょう、」
「佐助、」
「なぁに、旦那」
「佐助。」
「………やだなぁ、」
確信するような声で名前を呼ばれて、口惜しくなった。情けなくなった。
「なぁに、ゆきむらさま。」
惨めなまま、返事をした。
嫌い、嫌いだ。声が冷たい。
視界に追いかける物もない。
「お前、俺が嫌いか」
「だから、さっきから、」
ぞくり、とした。
赤い。さっきから、そう言ってるじゃないの、そう言おうとした矢先。
瞳が、赤い、違う、違くて、火が、炎が、赤い、その赤を見た。
恐ろしい生き物がそこにいた。



月明かりが煩わしいったらない