星が、今にも降ってきそうだったのを覚えている。降ってきそうで、どうしようと思った。どうしようとは、考えなかったけれど。断片的な記憶ばかりを繋いで、本当に正しいのかはよく分からないのだけれど。
その時自分に触れたその手が思ったよりもひやりとしていて酷く驚いたのだった。いつも陽光ばかりを浴びているような人っだから、もっと温かいかと思っていたのに。
あれは、そうだ、夏。夏だ。
な    つ   。
夏が来るとき、あの人はとても嬉しそうに自分の手を引いていく。それが俺はたまらなくうれしくて仕方がない。
心底愛おしいと思った。夏。あの人はそうしてきゅっと笑う。似つかわしくない小さな笑みを浮かべて、似つかわしくない少し温度の低い手で俺の手を取り、あの人らしい力強さでどんどん進んでしまう。俺はそれがたまらなくうれしくて仕方がない。
どうしよう。
また夏がくると思った。夏だと思った。
「また、またことしも夏が来ますね、」
「三之助、」
「三之助、なァ、お前、」
この一瞬の気配が太陽のようだと思った。熱くて、でも温かくて、全て溶かしてしまいそうで、でも全てを照らして包んでくれそうな。
この人は時々、普段の豪快なだけの先輩とは違う一面を持っている気がする。それが露呈する。その雰囲気がなぜか嫌いになれなかった。自分の手を取るその冷えた手は、自分をどこか戻れる保証もない違う世界に連れて行ってしまうかもしれない。それでも振り払ってなどやるものかと、半ば意固地にでもなっていたのかもしれない。それでも嫌ではなかった。心底、愛おしい。
怒涛のように輝く星が、狂気のようだ。
気づけば呪文のように、どうしようと思い浮かべていた。
どうもしなくてもいい。たぶん、俺が迷う必要なんてどこにもない。この人はきっと否応なくこの手を引いて、どこかへ連れて行ってくれる。夏。置いて行かれないためだったらいくらでも走るのにと思った。息が詰まるほどに慈しむ。
そのとききっと俺は夏の、星の、この人の、あらゆる狂気に落ちていくことも予期していて、なんとか首の皮一枚でつながっているようなものだった。
夏が好きなのも、夏の狂気に染まりやすいのも、何もこの人だけじゃない。自分もだ。自分も十分、その類の人間だ。
「お前、夏が好きだよなァ。」
そう言ってまた、からからと笑った。それをアンタが言うのかと思った。
七松先輩ほどではと言おうとしたが、結局口はそれを紡がず。
慄然とする。この人が慈しむこの季節は、全てのものがはっとするほど鮮やかになる。色が隠せなくなる、露呈する。
「夏だよなァ。」
ほら、結局はアンタが一番待ちくだびれていたんじゃないか。




茨花の陽、