幽助が人あらざるものになってしまってから、五度目の春が訪れようとしていた。蔵馬自身は、そのことについて別段何も思わない。たかが、五度。彼の記憶は、まだ、自身が人だということに何の疑問も持たなかったときのものの方が、多い。事実、彼の年齢からしてみれば、彼が人でなくなってしまったのなど、つい最近のことになるのだろう。ただし、彼の持ちえる最初の記憶がどこにあるのかは知らない。自分もそうであるように。
「人であって人でないもの?俺が?」
「なんだよ。」
「いえ、別に。面白い解釈をするのだと思いまして。」
蔵馬はそう言って幽助に微笑んで見せるのだが、彼としてはそれが気に入らない、というよりは腑に落ちないらしい。いじらしいな、と蔵馬は思う。この生き物は、まだ、こんなにも子供だ。
「それは、貴方じゃないですか?」
「や、そりゃおれもそうだけどさ。あー、でも人間としては俺もう死んでるんだっけ。」
死んだり生き返ったりしてっとわけわかんなくなるな、と幽助は頭を掻いた。ふぅん、と蔵馬は言いながら、先程自分で淹れたコーヒーを口に入れる。それは客人が来たから淹れたものなのだが、目の前にいるその客人はそれには手を出さずにいる。ミルクも砂糖もそのままだ。彼は今何歳なのだろうと改めて思案する。自分の年齢も、分からなくなる。それは、南野秀一として生きていただけの十五年間は、起こり得なかったことでもある、が、幽助が単なる人間から逸した人生を歩みだした頃から、自分も妖狐に戻ることもあった。分からなくなる。その言葉があまりにも具体的だと思った。
「何?幽助は、体のことを言ってるの?」
「そっか。じゃあ違うな。って、お前、遠回りすぎね?」
「そういう性格なもので。」
幽助が苦笑した。この人はどうにも聡い。賢いのではなく。ばれるな、この人に、嘘は。ふう、と息を吐く。だからこそ、直入に言うよりは、多少遠回りに言った方がこの人は真意を汲み取るのではないか。誰もが全てを言葉にできるわけではない。いや、誰もが全てを言葉にすることはできないと言った方が正しいか。思案する。
「妖怪であって妖怪でないもの?人であって人であるもの?ただの人?」
「さぁ、ね。」
何だ、と幽助が言った。さっ、と静かな音で風が流れるのを聞く。音もなく落ちる葉があることを思う。それだけでも、ここが人間界であるという事実を認識させられる。
「まぁ、大いに悩め、若者って感じかな。」
「お前、そんなに年齢変わらねぇだろ。」
「妖狐としての年齢なら、桁が違いますし。」
口角を持ち上げて示してやると、幽助はひとつ唸ってようやくコーヒーカップの横にあるミルクと砂糖に手を伸ばして、それを勢いよく入れた。ひとつのことに集中すると、他ができなくなるのは、彼の特徴であり、蔵馬はそれに好感をもっていた。
「やっぱ俺、あれだな、考えるのむかねぇわ。」
「だろうね。」
目が合って一瞬、止まって、そこから二人揃って思わず吹き出した。蔵馬が考えることによって考えないことに徹しているのならば、幽助は考えることによって考える生き物だ。曖昧にするにはそもそも考えない方が彼らしい。
「俺、お前が蔵馬でよかったって今心から思うわ。」
「なんですか、それ。」
形式だけで尋ねる。分かってるんだろう、としたり顔で笑われるとしらを切ることもできない。蔵馬は今はカップに添えられている幽助の手が拳を作ることも開くことも知っている。それを思った瞬間に、自分が彼にとって異例の中にあることを知る。



(俺から言わせてもらえばね、貴方は、人であろうが魔族であろうが半端であろうが、十分素敵だと思うよ。)(それ、有難いけどちょっと似合わねぇな。)



何だっていいのに