もう逃げ道も失くしてしまった。
それでいいのだ。ここでいい。ここで朽ち果ててみたい。そして、自分を取り巻くあらゆるものが、ずるずると責めるように追ってきた(ずっとずっと!)に対して握り続けていた白旗をようやく掲げた。白旗を掲げるときは、重荷も意思も絶望さえも放棄する気でいたのに、代わりに重荷を背負った。自分を責めるもの以上に、守りたいものが、多かった。
「ごめん、なァ、」
そして守りたいものが多いのは、自分だけじゃあ、ない。
例えば。全てをかなぐり捨てれば、たった一人の男を追って、世界の果てだろうが何処へでも行けた。しかし、それを選ばなかったのは自分である。そしてそれで構わないのだ。
「いいよ、もう、いいよ」
アイシテルと言うときと同じ声色で唱えれば、しばらく見ない間にまた大人っぽくなったトーティシェルの瞳がすうと細められた。時間の有限性だなんて知らないわけじゃないけれど、貴方がいなくなるときに俺は一緒には消えてあげられない。ただ、最後にいつか、この世の最果て、全ての幕引き、朽ち果てるときは傍にいられたらどんなにか素敵だろうだなんて、都合のよい夢を、見、て、
「ロイド。」
「ん?」
「頑張った、な。」
労りの言葉を。
世界の色が変わるくらいに穏やかな気持ちになっている。世界を凪ぐ風が、透明で透明で、嘆息するほど。
眠れない子供にするように額に一つキスをした。
「・・・ありがとう、ゼロス。」
アイシテルと甘美な響きを囁かれれば、思わず顔がほころぶのを感じていた。貴方の言葉は美しい。
悪い夢も、見たのだろう。
人々からいろんな目で見られ言われ、それでも貴方は迷わなかった。貴方が負けやしないようにと、ずっと信じていたけれど、そうして信じる俺を貴方は信じてくれた。守りたいものを守るために、どこかで一人苦しんでいる貴方を探しに行くこともしないで、俺は俺で、守りたいものを守るために、神子という肩書を背負っていた。だから、決して同じとは言えなくても、世界中に晒されたのはさぞ痛かったろうと、そのくらいは、何となくわかる。尤も、貴方の一人晒された世界は、統合されたずっと広い世界だけれど。
「うん、愛しているよ。」
そう言われて安心の顔をした貴方を見るときに、この人を信じてよかったと、思い知らされるのだ。愛してよかった。こうやって自分という存在をこの人が、居場所として、帰り着く場所として、安らいでくれるのならば、それだけで十分理由になりえた。多分、ずっとずっと昔から、俺が夢見たものはこれだったのだ。だから、お互いに捨てられないものがある限り、一年365日を一緒にだなんていられないけれど、こうしてまた会えない日が続くことになるかもしれないけれど、大丈夫だと思えた。
「なァ、ゼロス、」
「なぁに、ハニー?」
「また、また一緒に旅をしよう。気楽な旅じゃないけれど、お前が家に大切な妹を残していかなくちゃいけないのも知っているけれど、でも、でも、」
「何言ってんだよ、今更。ロイドと一緒にいることで、厭うことなんて何一つないのに。」
そう言えば、またありがとうだなんて言って貴方は笑って、お礼を言いたいのはこっちだというのに!
何処へでも一緒に歩いて行くから。貴方が安らいだ時に、そこにいるのが自分であるように。そんなエゴも、笑わないで受け入れてくれる。尊いものだと扱ってくれる。そのトーティシェルが世界からの光をめいっぱいに反射して笑うのが、堪らなく好き。
「だけど、今日は眠りにつきたい。安心するんだ、ここ、」
眠ればいいよ。ゆっくりオヤスミ。悪い夢も見たのだろう。起きてもなお長い夢みたいだった日だってあったのだろう。俺は、ここに、いる。
「オヤスミ、ロイド」
貴方の傍でこんなにも息づいて、どんな未来がこの先続いて行こうとも、辿り着く先は一緒だと、そう、夢ばかりを見て。長い長い旅を、続けていこう。もう眠りたいのだと、貴方が口を開くまで、例えば俺がこの世にいなくなっていたとしても、ずっと居場所を与え続けてあげたい。どちらが長生きするかなんて分からないけどさ。最期のその瞬間だけは、背負っているものも全部捨てて、貴方に誇らしく笑ってあげたい。そう、思えるまでになったことは、何だか幼子の成長みたいで、なんだが気恥しくもあるのだけれど。
貴方のなぞっていくその線に、悪いものなんてあるはずないのだから。





ただ、貴方にとっての寄り辺でありたい