ハーフエルフという種族が人間やエルフに比べて脳の発達がはやいのは、自己防衛によるものかもしれない。
そう思い返してハーレイは目を伏せた。

記憶にある中の一番古い記憶は何だろうか。父と母の記憶、笑っている顔がぼんやりとだが浮かぶ。父親は人間で、母親はエルフであった。五つのころには母親から初歩的な魔術を習った。その時点で、いつか自分がこの人たちから離れて一人で生きていかなくてはならない時が来ることを、幼いながらに知っていたのだと思う。
「要は、マナを消費して現象を具現するようなものだから、コツを掴めば強くもなるし、応用も効くものよ、」
そう言った、母親の言葉も、大体は理解していた。
どこかの町に定住していた記憶は無い。ふらりとどこかに住み着いては、まもなく追い出されて放浪する。幼いころの記憶は、町の中にいるものより、森の中で両親と身を寄せ合っていたような記憶の方が多い。
両親とも、優しい人だった。自分に対してむけられていた、やつれた笑顔は、しかし優しい。どこにも帰る場所もないことは、辛かったろうに。それでも大丈夫だと子供に対して無理にでも繕って見せた彼らの笑顔を、今でも覚えている。
この人たちは、人間とエルフで、自分とは違うと、知っていた。どこにも居場所のないのは、自分がハーフエルフだからだということも。謂れのない迫害を、両親が受けているように思った。
そんなぎりぎりの生活であったから、実は両親のことは殆ど知らないに等しい。
どうして種族の違う二人が出会ったのか、お互いを愛したのか。種族の差、それを超えさせる決意をさせたものが一体何であったのか。幼い頃は、種族の差というものをあまり分かっていなかったのだろうか、それほど気になった記憶は無いが、今なら、どうして、と、思う。
母親の出身地を知らない。だけれど、いつか父親がゆっくりと自分の頭を撫でて、彼の故郷の話をしてくれたのを、ハーレイは覚えている。父親は、ハイマの出身だった。もともと冒険者の集う街であるそこは、方々からたくさんの人が来る場所なのだという。そして、人の流れていくところ。帰るところがある人も、ない人も、街の人は受け入れるのが普通なのだと言った。そうして懐郷の笑みを浮かべた父親に、それでも自分は受け入れてもらえないのかと、尋ねることはしなかった。尋ねるまでもなかった。そんな自由な街がありながら、自分たちは、そこへは行っていなかったのだから。
10歳のころ、母親が病気をしたときに、結局自分は両親から離れた。
病気の理由に精神的な弱りがあることも分かっていたし、このままでは満足に診てもらうこともできないだろうと分かっていた。だから離れた。自分から。きっと、ハーフエルフである自分がいなければ、異種族の連れである両親だって、どこかで受け入れてもらえるだろうと思った。その、話に聞いただけの、父親の故郷を思い描きながら思った。自分がいなければ、などと両親に言っても、また繕った笑みをみせるのだろうと思っていたから、何も言わずに彼らの前から消えた。置き紙を一つだけ残して。
それが、自分が親と言う存在から逃げただけだということに、気付くまで、それほど時間は要さなかった。一人でふらふらと、その日を生き延びることだけを考えながら、シルヴァラントのいろいろなところを巡った。巡礼の旅人を装って、宿を得ては、嘘がばれる前に次の町へと移っていく。母親からかつて教わった魔術でモンスターを倒しては少量の食料と金を得た。
一人で寒い夜、空を見上げながら、呼ぶ名前も無かった。自分で失くした。ただ、自分が両親から逃げたという事実が、思いの外負い目になっていて、そのおかげで、自分の生まれについて両親を恨むことはしなくて済んだ。それが救いになるのは、当時ではなく今である。よかった、と今現在のハーレイは思う。彼らを、自分の中で、強く優しい人たちのままに留めておけてよかった、と。もう、あの頃の父親の年齢はとっくに超えた。母親は、どうだろうか。彼女はエルフであったから。母親の年齢さえも知らなかった。自分に対して優しく、それでいながら情報としての彼女を全く知らない。母親は、ある意味女神のような存在だった。マーテル教のいう、女神マーテルよりも明確に、自分の中に存在する優しい絶対的存在。