触れた唇と唇で温もりを共有する。その僅かな時間がまるで永遠のようで、いや、永遠ではないことが分かっているからこそ永遠であってほしいと願うだけかも知れない。唇を離し、その隙間では互いの息が混じりあう。甘い甘い香りがした。
「嗚呼、」
「・・・喜八郎?」
「嗚呼、私はこの時間が一番幸せなのです。」
たまらなく抱きしめる、立花先輩の細い体は、けれども強い存在感を持って、私の輪郭をぼやけさせる。私の名を呼ぶ声はあくまでも優しく私の耳元でゆっくりと溶けていく。その声に形があったのならば、決して離しはしないのに。抱きしめるのに。そう思った。惜しい。
立花先輩の背に回した腕の、その先の手で、髪を掬いあげて一つ口付けをした。この人の全てが、美しい。
「貴方の髪は夜風のよう、」
私を包み込む夜のよう。私を満たしてくれる。切ない想いにしてくれる。さらさらと流れていく夜風のよう。決してひとところには留まることはしないから、逆に私を夢中にさせる。香しい夜風。慈しむ私の指先さえ、厭うことなく、構うことなく、さらさらと流れおちてしまう。あぁ、けれどだからこそ愛おしい。いつになっても掴めやしない夜風は美しい。
「貴方の微笑みは満月のよう、」
陽光のように直視できないほどの威圧はない。私の夜道を白銀の光で照らしてくれる優しい光。私、暑いのは苦手なので、眩しいのは苦手なので、貴方の照らしてくれる夜でなくては、何処へも行けそうにはありません。私、貴方のその微笑みに照らされながら、途方もない道を歩いて行くのです。何よりも、何処よりも天に近い場所へ。貴方を目指して。
「けれど貴方そのものは、月の下で輝き咲く気高き薔薇のよう、」
お目にかかるのは容易ではない。限られた者しか辿り着くことのできない月の光の集まる場所で凛として咲く至高の薔薇。はっとするほど美しい。手折ることは容易に見えて、けれど誰も貴方には手は出せない。でも、それでも構わないのです。私は迷わず貴方に手をのばします。ねぇ、立花先輩。だって私は貴方がこんなにも愛おしいから。魅せられてしまったから。貴方の月光がたとえ幾人を照らそうとも、私ほど恋い焦がれる人なんてきっといやしません。そうでしょう?だから私は貴方に手を伸ばすのです。誰が貴方を高嶺の花だと言おうと、今貴方は私の腕の中にいる。それが事実。
立花先輩の手が、私の見えないところで、私をあやす様に私の頭を優しく撫でる。これが幸福だというのなら、溺れてしまっても構わない。何があろうとも恋い焦がれ続ける私の夜月、優しい人。甘い甘い香りに満たされながらゆっくりと瞼を閉じる。
嗚呼、夢でも構わない。



月見が丘、
薔薇=そうび、でお願いします。や、意味無いけど。