迷い子だ。
少年は迷い子をみつけた。町から少し離れた野の原に、愛らしい花が一面に咲く。ぐ、と息を呑んだ。
その中に、一人ぽつんと立つ、自分と同じくらいの齢であろう子供を、少年は迷い子と判断した。
空が広いこの場所に、一人、もしかしたら迷子ではないかもしれない。けれど、町中で迷子を見つけた時と同じ感覚を、少年は迷い子に対して感じていた。あの、大人たちが目的を持って歩いていく中、周りを見回しながらあてどなく歩いて行くさまが、まるで周りから浮いてしまっている違和感。

「ここに、じきに、いくさがくるんだって。」

迷い子が言った。口を利くとは思っていなかったので、驚いた。
迷い子が、真直ぐにこちらを見る。意志の籠った視線は、親とはぐれた子供のそれとはまるで異なるものだったが、少年はまだこれを迷い子だと思っていた。
「いくさ」
その単語を繰り返す。そう、いくさ、と迷い子が再度そう言った。瞬間、一陣の風が吹き、花弁が舞う。花粉が舞う。
きれい、と思った。
きらきらと輝くその光景に、少年は見惚れて瞬きを忘れた。
今はきらきらふわふわと舞う花粉が、いずれ火の粉になる。淡い藤色を敷き詰めたここが、赤くなる。命の炎は穏やかではない。緩やかでは、ない。美しいものは、怖い。
どうしてこの迷い子はこんなところにいるのだろうと、一通り疑問に思って、それが決して尋ねられる雰囲気ではないと知ると、少年はどうしていいか分からなくなり、ただ茫然と立っていた。見るもの全てがあたたかい。
「きみは、ねぇ、きみは、」
「いくさはね、こわいものなんだって。私はそれがすごくこわい。」
「ねぇ、きみは一体、」
迷い子はきっと、この世界のどこにいたって、そうして浮いてしまうのだろう。きみはいったい何者なの。人あらざるものなのかと、思った。現に迷い込んでしまった、ひとつの魂。そう思えば、納得もいくのに。妖怪か、それとも、神様か。それでも、いくさは怖いと言って、眉根を寄せるその表情は、ただの幼い子供だ。自分と同じ、ただの子供だ。
だから、可哀想だとおもった。連れて行ってあげよう、この迷い子を。誰とはぐれたのかは知らないけれど。
そう思って、手を差し伸べた。

「僕の名前は、不破雷蔵。ねぇ、きみは?」





「雷蔵、私町に買い物に出るけど、なんか欲しいものある?」
「え、三郎、一人で行くの?」
雷蔵の問いかけに、三郎は驚いた顔をした。
「行くけど。別に、おつかいくらい、一人でできるし。」
もう十四だし。っていうか、庄左ヱ門だって彦四郎だってできるよ。三郎がそう言う。雷蔵は、唇の動きを追っていた。
「や、・・・・僕も行く。」
「え?どうかした?」
「だめ?」
「全然だめじゃないけど。寧ろ嬉しいけど、え?」
わけが分からないと疑問を頭に浮かべて戸惑う三郎に、雷蔵は何も言わない。ただ、三郎がひとりでいると、たとえ毎日を過ごしている学園でさえ、どこか迷子になってしまうのではないかと、そんな気がしていた。
今は戦で焼けてしまったあの野原に、鉢屋三郎と名乗った迷子が、一体何とはぐれてしまったのか、雷蔵はまだ分からない。



あの日出会った迷子の行方