忍務で敵対した忍者が、かつての先輩だった。この手で刀を突き刺した。
ある日突然に忍術学園を去っていった人だったから、忍の道は捨てたのかと思っていたが、なるほど、別の忍の育成機関にでも入ったのだろう。
ただ、それだけの事実だった。
そこに今更学園の外の世界を見て恐ろしいと素直に思った。
人を殺すのも慣れた。今の友がいつかの敵になることも、正義などない戦に赴かなくてはならない時がくるであろうことも、ずっと前に割り切っている。それなのに、時折忘れたそれが責めるように思い出され、足が竦む。
けれど、気のせいだと言い聞かせて無理矢理にでも進むしかないことも、勘右衛門は知っていた。
どちらにせよ、自分はいずれ大切なものを失ってしまうだろうと、知っていたのだ。




「勘右衛門、」

月の光と共に降ってきた声に顔を上げた。
そこにいたのは鉢屋三郎だった。
瞬間に勘右衛門は顔に微笑むという表情をのっけた。鉢屋、どうかしたの、と問いかける声にしたって、そこに誰もが行きあたる悩みをわざわざ提示したくは無かった。夜空を見上げて、真黒な雲がゆるゆると動くのを見た。その雲間に煌々と光る月が顔をのぞかせる。けれど、月に捧げる祈りも持ち合わせていない。暑くも寒くもないけれど、夜気を孕んだ重い風ばかりが生温い。そんな夜だ。そんな。
「勘右衛門こそ、なにかあったの?」
「ううん、なんにも。」
「そう?泣いているかと思ったのだが。」
勿論、そのとき勘右衛門は泣いてなどはいなかった。胸の内を透かされたような気になって、はっとはしたけれど、きっと彼はカマをかけているのだと冷静に考えた。
「星の光じゃない?」
ふうん、と三郎は答え、それからにたりと笑った。何を企んでいるのかと疑った。勘右衛門と名前を呼ばれてしまう。三郎を見ると、存外に瞳の色が安易に言葉で表せないほど深く深く・・・。
そして、三郎は、勘右衛門の瞼にゆっくりと優しく、唇を降らせた。
「鉢屋?」
「魔法だよ、今のは。」
「何それ。」
「勘右衛門、私は、魔法使いだからね。」
気付くと、黒い雲は随分とその密度を減らし、ところどころに星が垣間見えた。それを認識した時、勘右衛門は先程、泣いているかと思ったと言われた際に、星の光だと答えた自分を思い出し、あぁ、しくじったと口の中が苦くなるのを感じていた。
「・・・何の魔法なの?」

「君の涙が、いつか報われる魔法だよ。」





あのとき、自分は確かに魔法にかかったのだ、と勘右衛門は思っている。
彼の呪文が決して魔法なんかではなくただの祈りだってことにどうして今の今まで気がつかなかったのだろう。その理由を、恐らく彼は本当に魔法使いで、彼の唱えた呪文とはまた別の魔法にかかったせいだと、勘右衛門は解釈していた。
彼の祈りが本当に届くのならば、あの時躊躇わずに泣いてしまえば、よかった。
自分の涙がそうして報われるのなら、彼はずっと幸せになれるはずだった。
頭上には、満天の星空がちかちかと瞬いている。雲を運ぶ風も見えない。そのくせ、時間の流れが見えてしまいそうな、今もまたかつてと同じ夜だった。なんて、無音。

もう、歩くこともままならなかった。怪我をしているのか、疲れているだけなのか、確かめないほうがいいに違いないと、確かめることもせずに、満天の星空の下、勘右衛門はただ無性に意識の限りであの魔法使いを探していた。
どうか、どうかと唇を震わせる祈りが、自分じゃどうして魔法の呪文には変えられないのが、たまらなく惜しい。
守るべきものばかりがそこら中に蔓延って、守りたいものなどとうに見失ってしまった。記憶に残る愛しい彼らが、生きているのかどうかも分からない。その懐かしい人の名前を呼ぶと、初めて自分が泣いているのを知った。
なんてこと。魔法使いはもうここにはいないのに!
血染めの杖の効果なんてたがだか知れている。そう、月が光るのを見て、思わず息を呑んだ。
ざっと、風が、刹那吹いた。その風の音に紛れて、懐かしい、だが記憶に残るそれより幾分か低い声で自分の名前が呼ばれるのを聞いた。




「私が魔法をかけてあげようか?」








マジカル・イミテーション