ねぇ、なんてわざとらしく作られた声とともにやわやわと肩を揺すられたって、疑う目で見るだけ、簡単に言葉なんて返してやりはしない。
意地になった時に、僕の方が君より折れにくいのは、君が一番よく知っているだろうに。
「ねぇ、雷蔵。雷蔵ってば。何をそんなに怒っているのさ?」
因みに三郎が、わざとらしい調子で何について怒っているのかを尋ねてくるのは、心当たりがないのではなく、心当たりが複数ある、どれに対して、の意を孕んでいることが専らである。それを認識して僕は静かに溜息を吐く。
どれに対して、と訊かれれば、どれに対しても、である。
自分の顔で悪戯をしていれば、もう学園の人間の殆どは僕よりも先に三郎を疑うので、濡れ衣を着せられることはないと言ってもいいほどなのだが、だからと言って自分の顔で悪戯ばかりされるのは、気分のいいものではない。更に、三郎は誰をからかっていようと、一番面白がっているのは、その話を聞いた僕の反応だと知っているから、余計に。
「・・・・・さあね、」
「ねぇ、怒らないでよ。もうしないから。ねぇ、雷蔵。」
そのくせ僕が真面目に怒っている風(本気ではなく、繕っただけだとしても)を見せれば、こうして機嫌を窺おうとする。もう一度、今度はわざと大きく溜息を吐いた。
どう考えても、僕より頭は回るのに、それでも馬鹿な男だと思わずにはいられない。
そもそも、僕の態度の何が三郎を喜ばせて、何が三郎を不安にさせるのか。その線引きが非常に曖昧で未だに上手にできないのだけれど、このままだとどうやら一生かけても分からないような気がしてならない。
「もうしないなんて、何遍も聞いた。」
ねぇ、いつになったら君は嘘を言うのをやめてくれるのさ。
本当に本当、今回は本当だよ、だなんて言っても、声がまだわざとらしいの、自分で気付かないわけがないだろうに。何が目的なんだろうか。その声に、絆されてはあげない。
たまにはいいでしょう?いつだって君の思い通りになんていかないこと、教えてあげないと、三郎はいつまでもそうして何か大切なものを誤魔化し続けてばかり。本当なんて零しやしないんだから!いつだって君を許容できる僕だと思わないで。時折、僕にだって君を掴ませてくれなくっちゃ。三郎を確立できなければ、僕は僕ですら確立できないのに。
「誤魔化されないよ、三郎。」
じい、とその自分と同じ色をした瞳を見据えて言えば、三郎は器用に喉元だけでくつくつと笑った。もう溜息を吐く気すら失せた。
鉢屋三郎の好むもの。悪戯、言葉遊び、自分にとって愉快なもの。
僕と同じパーツの顔なのに、随分と胡乱な色をしているなァ、とその波の立たない湖面のような瞳がいっそ滑稽だ。
「ごめん、雷蔵。ごめん。だって、」
漸く声にわざとらしさが抜けて、トーンの落ちた声でぽつりと言ったものだから、さあ、そろそろ言い訳をきいてやろうかと、声を出して笑う。刹那、間の抜けた表情で僕を見、それから眉根を寄せる三郎を見て、僕の反応を見て面白がっている時の三郎はこんな気持ちなんだろうかと思ったら、なんだが愉快だ。
「だって、私は雷蔵がいないと成立しないのに。雷蔵ってば、そういうとこ本当に性質が悪くて、嫌。」
性質が悪いだなんて!まさかそれを三郎に言われるとは思わなかった。けれど今の僕は少しだけ上機嫌だから、それには何も言わないでいてあげよう。
「僕は僕だけで不破雷蔵なのに?」
「いぢわるを言わないでおくれよ、雷蔵。私は君の一部になりすましていたいのに!」
三郎が大袈裟に手を広げて言うものだから、思わず吹き出してしまう。そうすると、僕につられて三郎も笑いだした。
これだから、君はいつまで経っても我儘だというのに、今日もまた結局は全て水に流してしまった。


嘘八百