いなくならないでほしいんです。
七松先輩はいつだって後ろを気にせずにどんどんと進んで行ってしまうから、追いかける俺は時々呼吸を忘れそうになる。それは、決して息が上がるとか、そんな理由だけじゃない。息が詰まる。どうしてその背を追っているんだろう、思いつつも、走り続ける。どうしてその背を追わなくちゃいけないのか、どうしてその背を追うことをやめようとはしないのか。今自分の足を動かしている原因が分からないまま、それでもその背を追いかけて走る。もしここで俺が足を止めたら、独りになるのは俺だけなんだろうか。この人はひとりでどんどんと行ってしまうけれど、本当に独りになってしまうのは俺だけなんだろうかと思ったら、やっぱりまた息が詰まる。やるせない。
いなくならないで、ほしいのに。
独りが耐えがたいんじゃない。そうじゃない。七松先輩がいまいなくなってしまった後、独り残された自分をそうぞうしてぞっとした。それは、まるで、途方に暮れた迷子のようで、追う背もなくなってしまえば、きっと俺は一歩も動けなくなるに違いない。日が暮れても、日が昇っても、そうしてまた日が暮れても。
きっと足を動かす理由を失ってしまえば、息をすることも心臓を動かすことも忘れてしまいそうだ。
(あんたは俺にとってそれだけの理由ではあるのに、)
理由となる根拠は分からないけど。
走る。息が上がる。疲れた、と心の中で思う自分を否定する。疲れた、だなんて、それを認めてしまえば、その背を追い続けることが苦しくなってしまいそうだった。たぶん、それはあんまりよくないことなんだろうと思う。
七松先輩、その先に見える、どこまでも続く青い青い空。浮遊する雲、だなんてただの水滴のくせして。ゆっくりと流れる、空は。時間は、どうだろうな。今は、その概念がどうしても無い。風に流されて、流されて、雲は流れていくけれど、俺にはその風になるものがない。だから、自分でなんとか理由をこじつけて走っていかないと、あの先輩はきっとすぐにどこかへ行ってしまう。どうか。
地面を足が蹴る音。七松先輩の音はひどく小さく、聞こえる気がするのもただの錯覚かも知れない。
いなくならないでほしいんです。
(あんた一人がいなくなる事態が)
どれほどのことなのか、きっと前を走る人物は分かっていない。誰にも分かりやしない、俺だって分からない。だけれども、独り足を動かす理由さえもどこかへいなくなってしまってどうすることも出来ずにただ息をすることを忘れてしまう自分を想像すると慄然とする。自分の、呼吸の音がいやに響く。そんなのって。
七松先輩が駆け抜ける、その先にあるのは一体なんなのか。七松先輩はそれを分かっているのか。それっていうのは、いいものなのか悪いものなのか。どうして俺は、その背を追ってるんだろうか。追えるんだろうか。七松先輩ならば、俺一人置いていくスピードで走っていくことだって可能に違いない。
なのに、どうして俺は、その背を追えているんだろうか。
息が、詰まる。


「三之助、」
「・・・・・っ。」
「そっちじゃないぞ、こっちだ。」
「七松、せん、ぱい。」
「勝手にいなくなってくれるな」
「・・・・・あの、」
「どうかしたか?」
「いえ、」
「・・・・泣きそうな顔をしてるくせに。」
(そんなの、全部、あんたのせいだ。)








いなくならないでください。












「滝夜叉丸先輩、七松先輩と次屋先輩が見当たりません!」
「あー、もう!勝手にいなくならないように言ったのに!」