「私が鳥でも構わない?」
ぼそりと呟いた三郎の目線の先には間違いなく自分がいた。
「何、言っているの?」
険しい表情をしていた。ような気がする。今となっては曖昧だけれど。自分の顔であまりにも険しい表情をするものだから、気圧された。束の間。冗談だよ、と笑むのを待っていたのに、結局三郎が見せた表情といったら!
あの表情に上手に名前を付けることは、恐らく一生叶わない。懇願、するかのようだと思った。
「ほら、私は今雷蔵の格好をしているじゃないか。それが、もし、本当の私が、人でなく鳥でも構わない?」
「三郎は、顔しか、変えられないでしょう?」
言った。
言った自分の声色が、思ったよりも冷えていたのに、言ってから気づいて、僅かに悔いた。鳥が、魚が、獣が、人に化けて今目の前で自分の顔をしているのなら、それはもう変装ではなくて物の怪だ。第一、下級生の顔をするときに、背丈でばれてしまうこの同級生が、そんなはずはないのだから。
「もしもだよ、もしもの話。」
仮定話にしては、笑えない。
先に見える学園の池が、あまりにも水面で光を反射するものだから、鏡か何かのようだった。
普段、自分を困らせるのを楽しむ悪戯な冗談とはまるで違う。
「冗談言ってないで、お昼食べに行こう?ハチと兵助、たぶん待ってるよ。」
違うと、分かってはいたけれど、それを肯定することは、出来ずにそう言った。
認めてしまえば、何かが、何かがひっそりと壊れてしまう気がした、それは、恐怖。
うん、そうだね。予想に反して三郎があっさりと返事をしたから、安心して三郎から目をそらせて食堂の方向へと足を進めようとしたその刹那に。
ばさ。
羽音、が。
「三、郎?」
あぁ、そんなはずは、そんなはずはないのだけれど。
振り向いては後悔する羽目になる。そう告げたあてもない何か。それでも振り向く行為は一瞬。
三郎は、僅かに驚いた表情を作り、そうして次にはいつものような微笑みをつくった。
「雷蔵、どうかした?」
その言葉が、やけに鮮明であったものだから、慄然とした。
ううん、何でも。それに比べて自分が否定する声はぼやけてすぐに流れる空気の波にのまれて消えてしまった。
「冗談言ってごめんって。さぁ、食堂行こうよ。」
何もかもが遅かったと思った。遅かった、と漠然と思って曖昧に悔いた。
何が駄目だったのかも恐らくこのままでは分からず終いであろう。ただ、まるで先ほどまでの会話がなかったかのように笑う三郎を見て、可哀想だと思った。
可哀想なのは、自分か相手か。どちらでも。どちらでも構わないけれど、どちらもどちらで可哀想。
遅かった。どうして。そう自分で呟いたと同時に後悔に似た感情が波のように押し寄せてきて、鳥だろうが何だろうが構わないのに、と思った。
そう思って、隣に並んだ。その距離を慈しむ。



人の目