その節くれだった指が自分に触れるとき、兵助は自然と目を伏せる。開いていたら、きっと、眩暈がしてしまう、そうして、直視できない自分を思い知るだろうと、兵助は知っていた。
自分と同じ齢ながら、自分よりずっとずっと多くの命を知っている、その指先の温もり。ただ、竹谷八左ヱ門の知る命は、兵助のように奪うことに長けたものではない。慈しむことを知っている。何より、看取ることを、ずっとずっと知っている。
「兵助、さっき、実技の時間だったろう?」
「ああ、」
「傷、出来てるぞ。」
いつの間に出来ていたのだろう、頬の傷にその高めの温度の指が触れる。触れる。その指は、看取ることを知っている。諦めることも。
いつだっただろうか、生物委員会が、小さな命を弔う小さな墓を作っていた。何か、が、死んでしまったのだろうと思いながら、兵助はその様子を見ていると、兵助に気付いた八左ヱ門は、苦笑のような表情をつくって、兵助に説明をした。珍しい虫だったのだと。見た目も綺麗なものだったのだと。貴重なものを、生物委員会総出で捕まえにいって、みんなで可愛がっていたのだと。
兵助は、ふうん、と言いながら、勿体ないと思っていた。そのくせして八左ヱ門は、思いの外惜しんでいるようには見えなかった。自然の摂理だと、受け入れていたのだろうか、兵助には分からない。分からないけれども、一年生は泣いていたが、八左ヱ門と、それから毒虫が好きと知られている伊賀崎も、泣いてはいなかった。悔んでいる表情もみせなかった、と、記憶していた。
多くの命を慈しむことを知っているその指は、割り切ることを知っている。
その指が触れる。
兵助は、どうすればいいのか分からなくなって、指が動かなくて、声帯を震わすことができなくて、結局なす術もなくその温もりを享受する羽目になる。(あぁ、泣きそうだ)(涙が出そうだ、)(涙、?)(私は哀しくも、嬉しくもないのに?)
八左ヱ門に指摘されたことではじめてその存在が分かった傷がちりちりと痛み出した。その痛みに兵助が思わず眉根を寄せたのを八左ヱ門は見逃さなかった。
「兵助、医務室行って、消毒してもらえよ。」
温かい、指。存在。自分を困ったように笑う八左ヱ門の表情に、兵助は何と言っていいのか分からなくなる。切ないと愛しいをないまぜにしたような感情。
ただ、その手は、諦めることを知っている指先は、いつか自分を看取ることになるだろうと、兵助は半ば確信していた。自分が八左ヱ門を看取ることはないことも、八左ヱ門の命も、いつか自分がそうであるように失われてしまうのは惜しいと思っていた。
思って、その惜しいと思う感情を、自分はいつまで経っても別の言葉にすることはできないだろうと思われた。それならば、自分には、到底できない。
「・・・・このくらい、ほっときゃ治んだろ。」
「だーめーだ。お前、すぐそうやって自分のこと適当に扱う。」
「八左ヱ門、」
「ん?」
瞳、が、優しい色をしていた。
兵助は八左ヱ門のその色の奥にあるものを探ろうとした。
「お前って、優しいんだ。」
「なんだそりゃ。」
あ、と兵助は思った。この人は多分、その指がいつか兵助を看取ることになると知っている、と。それが意識されているものなのかどうかは別として。そうか、この人は知っているのかと、目の奥が熱くなる錯覚がする。



貴方の指、