愛してるだなんて。なんて悪夢。
そう思った。
愛していますと、確かにあの後輩の唇はそう紡いだのだけれど、その実、その唇も瞳さえもがだからと言って愛してくれとは訴えなかった。そのとき、その事実に戸惑う自分を認識してしまったので、さて、どうしたものかと空を見遣る。結局今日もあれはどこかで穴を掘っている。埋めるものもないくせに、深く深くと掘っていく。不毛だ、とかつてはよくそう思ったものだが、いつの間にかそれが彼にとって意味を成しているものであると知るようになった。その意味というものが如何様なものなのかは、知らないし、恐らく、これから先に知る者など現れやしないのだろうが。
自分が綾部喜八郎という存在を理解していないことなど、分かっている。なにしろあれは、掴みどころもなく、自分にしか見えやしないところの世界ばかりを見ているような人物であり、自分とて、そんな人物を理解することができるなど、はなから思っていない。この世にはどれほど近くても理解し得ない生き物がいることくらいは、知っている。
しかし、存外に喜八郎とて、自分を理解していない。

その限りにおいて、愛しているだなんて、なんて悪夢だ、と思った。
ざくり、ざくり、と穴を掘る音がする。
「喜八郎、お前、」
どうせ理解し得ないのならば、痛みを共有することもないだろうに。その瞳に灯る色を殺す必要もないだろうに。
「どうせならば、もっと貪欲になってみればよいものを。」
ざくり、。音が止まる。
「なんて、挑戦状。」
穴の中で声が笑った。