年齢逆転



七松小平太が裏山の方へバレーボールを持って走っていくのを、三之助はよしとした。
「お、小平太。どっか行くのか?」
「バレーしに、あそびにいってきます。」
そうして小平太は元気いっぱいに走って行ったのだった。
一年生の中でも抜きんでた体力は、いつか体育委員会を引っ張っていくだろうね、と四郎兵衛が笑って言ったのを、その前に手が焼けると、委員長がため息混じりに言っていた。

「先輩方、小平太を見ませんでしたか。」
提出を数日後に控えた予算案をなんとか片付けるべく書類に追われていた金吾と四郎兵衛は、三年生の四郎兵衛がそう言うまで、周りに気をかける余裕がなかった。そうして三之助も目の届く範囲におらぬので、毎度のことながら、この忙しいときに!と腰を上げて数分、三之助が日向ぼっこ(と、本人が言っていた)をして四年長屋付近の木の下にいてくれたことは少しだけありがたかった。
「三之助、小平太を見なかった?」
四郎兵衛が尋ねる。
「小平太なら、バレーボール持って遊びに行きましたけど。」
「遊びに・・・・ってどこへ?」
「校庭。」
金吾が加えて尋ねた言葉に、三之助が即答した。
「今、私たち校庭の前を通ってきましたよね?」
滝夜叉丸が金吾の顔を見る。
「・・・三之助、因みに校庭はどっちだ?」
「あっちです!」
「それ校外行く・・・・。」
つまりだ。小平太がいつも委員会活動で裏山へ行く方向へ走っていくのを、三之助はよしとした。校庭で遊ぶのならば構わないだろうと思い、校庭とは反対方向へ走っていく後輩を、三之助は見送った。
どうしたものかと、金吾が溜息を吐き、滝夜叉丸は片手で目を覆う。
「あれ?」
もしかして、校庭ってこっちですか、とまた違う方向を三之助が指し示す。
四郎兵衛はいつもと変わらぬ(金吾曰く、ぽわんとしている)様子で、三人を見ていた。
「どうするんですか!」
一つ上の先輩の絶望的なまでの方向感覚のなさに漸く慣れ始めた滝夜叉丸は、今年入ってきた一年生が、方向感覚はまともなものの、すぐどこかへ行ってしまう性分なのに正直戸惑っていた。ので、以前ぼそりと三之助が、小平太って何だか放っておけないね、と言った時にはその顔を凝視してしまったものだった。
「よく分かんないけど、なんか似てる気がするんだよなァ。」
まさにその性分が!と喉元まで出かかった叫びをどうにか飲み込んだのだった。
「じゃあ、僕と金吾先輩で探しに行ってくるから、」
そうして四郎兵衛と金吾が小平太が行ったであろう方向へ走っていくのを見送った瞬間、滝夜叉丸は、どっと疲れた、と溜息を吐いた。
「大丈夫だよ、滝。六年は組の皆本先輩と加藤先輩は迷子探すのすごい上手いらしいから。」
滝夜叉丸の溜息の理由を勘違いした三之助が、ぽんと滝夜叉丸の頭に手を載せる。らしいから、だなんてなんて他人事のよう!
屈託のない笑みをこちらにむける三之助に、流されるものか、と滝夜叉丸は思う。もとを言えば、この少し困った先輩にも原因があったのだ。ここで、まぁよいかとしてしまえば、いずれ自分が苦労する羽目になることは、なんとなくだが想像がついた。