「立花先輩、」
得意とするからくりの設計図を描いていた兵太夫が手を止めて、仙蔵を呼んだ。
伝七の勉強を頼まれて見ていた(授業以外で勉強だなんて!信じられない!と兵太夫は言った)を見ていた仙蔵は、顔をあげて兵太夫を見る。仙蔵がどうした、と続きを促すと、兵太夫は一度外を見遣って、
「浦風先輩、遅くないですか?」
と言う。
実際今作法室にいない委員は二名なのだが、四年生の彼が定刻に委員会に現れることは寧ろ稀、もしくは雨などで趣味の穴掘りができないときである。
ふむ、と兵太夫のこの場に仙蔵が思案する仕草を取ると、心配ですね、と伝七が言った。
藤内のクラスメイトの保健委員が喜八郎の蛸壺にはまり、さらにそれを助けようとした藤内がその近くに掘ってあった別の蛸壺に落ちたのはつい先日の話であり、因みに言えば今までで何度かあった話でもある。
「そうだな、救出が必要かもしれない。」
仙蔵の言葉に、伝七は真剣に、兵太夫はどこか楽しそうに返事をした。


「藤内?」
「あ!」
そうして藤内を探そうと作法室を出ていくらも経たない内に、萌黄色の制服に見知った独特の癖毛を見つけて仙蔵が名前を呼ぶ。呼ばれた浦風藤内その人は、しまった、という風な色の声を漏らし、た、立花先輩、としどろもどろに反しなので、余計に三人に疑問を持たせた。
そこではた、と伝七が藤内が籠を持っているのに気づく。
「浦風先輩、それ、なんですか?」
藤内が、あぁあ、と意味のない音を発する。兵太夫がつま先で立ってその籠の中身を見た。
「先輩、これ、お芋ですか?」
「おやまぁ、」
返ってきた声は藤内のものではなかった。綾部先輩!と伝七が声を上げる。いつもの口癖に、皆さんお揃いで、と喜八郎はつけたした。
「喜八郎、」
仙蔵が一つ名前を呼ぶ。それだけで説明を促す語となることを作法委員は知っていた。
喜八郎は一度徐に瞬きをして、秋なので、と言った。
「秋なので、焼き芋が食べたくなりまして。どうせなら委員会に持って行って驚かせたかったのですが、何分一人ではやりにくくて。委員会に向かう途中だった藤内を呼びとめてたぶらかしました。」
「た、たぶらかすって・・・・・。」
既に一年生の目が秋の味覚へと輝いているのを認めて、喜八郎は、立花先輩、と先程とは逆に名前を呼ぶ。
仙蔵は一つ溜息をもらし、喜八郎に、どこでやるつもりだった?と尋ねる。喜八郎が、会計室の裏です。と即答するのを聞いて、流石だな、と仙蔵は言って、不敵に口角を持ち上げる。
じゃあ、と兵太夫と伝七が見上げるのを認めて、仙蔵が優しく笑った。
「いいんじゃないか?焼き芋。」


秋なので。

壱華ちゃんに捧げます。(そしてキリバンいくつだったのかは忘れました←最低。)